2015年4月6日月曜日

哲人の記 4  ゴータマ・シッダールッタ

 花壇に花が咲いているとします。なぜでしょうか?きっと誰かが種を植えたからでしょう。空から雨が降ってきたとします。なぜでしょうか?上昇気流で雨雲ができたからに違いありません。「現象には原因がある」。原因がなければ、どんな事物も生まれてきません。「此があれば彼があり、此がなければ彼もない」。全ては何らかの原因によって生じます。昨日は今日の、今日は明日の原因となります。何かの原因は他の何かを原因として生じた結果であり、その原因もまた何かの結果です。何ものも、自立して自己だけで存在することはできません。こうした因果関係に世界は貫かれ、森羅万象は生成流転をし続けます。一瞬でも、不変のものは何もありません。物質も、植物も、動物も、神々も、僕も、あなたも。

    今から二千五百年ほど昔、ギリシャ哲学が生まれたのと同じ頃、古代インドでも哲学者たちが議論を戦わせていました。ネパールのシャカ族の王子として生まれたゴータマ・シッダールッタもまた、そうした哲学者たちの一人でした。彼は、「縁起」という世界を貫く因果関係を根本原理とします。そして、現実存在は全て生成流転して普遍性を保たないという「諸行無常」や、そのため事物は何一つ本質である「我」を持たないという「諸法無我」や、物質的存在は「空」であり「空」こそが物質的存在だという「色即是空、空即是色」等、幾つかの諸法則を真理「ダルマ」として、弟子たちに伝えました。

    現代の量子物理学との共通性を取り上げられることもある彼の世界観は、徹底して論理的で、無神論的で唯物論的な一面があります。しかし、この世界観は、単なる知的好奇心から世界の有り様を探求して生まれた学問ではありません。ある一つの目的を実現するため、地位を捨て、妻子を捨て、国を捨てて探求した苦しい旅の果てに、彼が悟った救いの知恵でした。

    世界は多くの「苦」に満ちています。「老」「病」「死」があるために人間は苦しみますが、それらはそもそも「生」を原因として引き起こされるものです。すると、人生は「苦」だということになります。世界には喜びや楽しさもありますが、「喜」と「楽」が得られないからこそ「苦」が生まれます。「喜」と「楽」を求める欲望、「生」の衝動が、「苦」を生み出しているといえてしまうのです。縁起の法則は、苦の原因を示します。「苦」の原因を消せば、「苦」そのものも消せるはずです。ゴータマ・シッダールッタのただ一つの目的、それは「苦」の消滅でした。

   世界の「空」性を示す縁起の真理に則して、「苦」の原因を見つけ、それを取り除くための道を実践し、人々に説いて聞かせたシッダールタの哲学は極めて合理的でした。しかし、数百数千年の時は、膨大な数の解釈と宗派と神話を生みました。それが、仏教です。

山田太郎

哲人の記 3  アリストテレス

 三平方の定理からフェルマーの最終定理まで、数学の世界には、たとえ地球が滅んでも変わることない絶対不変の定理があります。科学の世界でも、ニュートンの万有引力の法則やアインシュタインの相対性理論で示された数式は、絶対不変のものです。
    ところが、数式は不変でも、万有引力の法則と相対性理論では、世界観に大きな差があります。前者は万物が質量に応じて持っている「引きつける力」を重力と説明しましたが、後者は重力を「時空の歪み」と捉えました。進歩した、20世紀の実験装置を使った観測は、後者の理論の正しさを示したようです。科学的説明は、数学上の定理を表す数式と異なり、実験と観測次第で、新しいモデルへと更新されていくもののようです。

    2400年前、ギリシャはアテネの哲学者プラトンは、感覚で捉えられる世界を、人によって捉え方が異なる相対的で不完全なものと考えました。そして、ピタゴラスの定理など、数学上の定理や公理といった、法則や概念の世界こそが絶対的な実在であるとし、それをイデア界と呼びました。感覚で捉えられる世界は、真か偽か決められないものだとして、その実在を否定しました。

    しかしこのイデア論、今度は、マケドニア王国出身のプラトンの弟子アリストテレスによって批判されます。「感覚的現実世界を越えたイデア界など、存在しない」と考えた彼は、イデアの代わりに形相(エイドス)という概念を用い、形相は感覚的にとらえられる個物の質料(ヒュレー)に内在するものとし、感覚器官を通して知覚できる、物質的な現実世界の実在を主張しました。

    イデアは完全不動のもの。でも、それでは、オタマジャクシからカエルに変化する生き物のイデアはどうなるのでしょう。アリストテレスは師が否定した感覚的経験と、物事の詳細な観察を重視しました。そして、物理学・天文学・気象学・動物学・植物学と幅広い分野を研究して体系化し、万学の祖となり、近代科学のルーツを築きました。

    師プラトンの著述がキリスト教世界の哲学と神学に影響したのに対し、アリストテレスの研究はイスラム教世界の哲学・神学に影響を与えたため、イスラム教世界が西洋に先立って科学を発展させることになります。やがて、彼の哲学は中世ヨーロッパに逆輸入され、ルネッサンスの起因の一つとなり、西洋科学を飛躍させることになります。
    しかし、偉大な彼の物理学や天文学上の説明は、天動説などその多くが近代になって否定されます。また、ルネッサンス期に復活したプラトン主義と再び対峙し、科学の対象となる「感覚的現実世界が実在するのかしないのか」は、その後も様々な形で議論が続けられる哲学上の大問題となります。

山田太郎

哲人の記 2  プラトン

 インド人の食べるカレーは日本人には辛すぎます。日本人の食べるカレーもインド人には淡白です。おいしいものは人によって違います。でも、好みの味が異なる二人の人間がいて、お互いにおいしいと感じるものが違っていても、どちらも「おいしい」という言葉は使います。同様に、何が美しく、何が正しいのかも、時により、人により異なることはありますが、「美しい」「正しい」という概念は普遍的に変わらずにあることでしょう。感覚は相対的ですが、概念には絶対的なものがあります。

   
2400年前、ギリシャの都市国家アテネの哲学者ソクラテスは、普遍的・絶対的な「美」や「正義」そのものについて、権威のある知識人たちが無知であることを指摘し、彼らの怒りと恨みを買って死刑となってしまいました。彼の弟子の一人プラトンは、雄弁な者たちの作る空気に扇動されてしまう、民主共和制下の価値相対主義を憎んだようです。そして、ソクラテスがそれについての人間の無知を指摘し、探求の対象とした、普遍的な「美」や「正義」そのものを「イデア」と呼び、人間としての「德」のイデアを求めることが、哲学の目的だと考えました。

 例えば三角形を描いてみます。人間の手やコンピュータの描く三角形は、どんなに精密に描こうとしても、ペンの太さやインクのにじみ、紙面の厚みの違いによって、厳密に完全な三角形にはなりません。でも、モデルとなる三角形の概念やプログラムは完全無欠です。この概念やプログラムが、三角形のイデアです。感覚でとらえることのできる物理的な現実世界は、全て相対的で不完全なものばかり。それに対して、三角形や「美」や「正義」のイデアは、絶対普遍に完全なものです。

   
感覚的に捉えられる現実世界は、完全無欠のイデア界にある諸々のイデアを模倣して神が作った、不完全な影のようなもの。プラトンはそう説明しました。そして、イデアは視覚や聴覚などの感覚では捉えられず、生前イデア界にいた不死なる魂が、哲学でそれらを想起することによってしか、認識できないと説きました。

   
イデア界のみを真の実在とする彼のイデア論は、普遍的な真理や法則を求める後世の哲学や科学、またキリスト教の神学に大きな影響を与えました。でも、プラトンはやがて自らのイデア論に矛盾を感じます。「生物」のイデアは「生きている物」ということになるでしょうが、生き物は皆死ぬものです。とすると、生物のイデアは永遠に「生きている物」なのか、はたまたいつか「死ぬ物」なのか、どちらなのか定かにならず、矛盾を露わにします。イデア論に対する解釈と批判が、この後の西洋哲学発展の歴史となります。

山田太郎

哲人の記 1 ソクラテス

 「・・・を罰するのは正義だ」、「・・・のあることは幸福だ」、「・・・は美しい」と、有名な政治家や学者や芸術家のみなさんがそう唱えます。その説には説得力があるように感じられます。でも、その彼らに、「では、正義とは何ですか」、「幸福とは何ですか」、「美とは何ですか」、と尋ねてみると、簡単には答えられなかったりします。「…は正義」と言っているのだから、「正義」が何か分かっているはずなのに、答えに窮していたりします。立派な説を唱えていても、当たり前に使っている言葉の意味を答えるのはとても難しいようです。実は、それらの言葉の意味を、有名な知識人や賢人のみなさんも、知らなかったりするわけです。
 今から2400年ほど前、古代ギリシャのアテネで、当時の賢人たちにこのような質問をして回ったのが、西洋哲学の祖であるソクラテスでした。彼の目的は、世間でよく使われている道徳的な言葉、「勇気」とか「友情」とか「愛」などの意味を、有名な賢人たちさえ答えられないことを人々の前で論証し、人々に自分の無知を自覚させることにありました。

 この問答法と呼ばれる方法で、「知らないのに知っていると思っている人間より、知らないことを自覚して知ろうとする人間の方が賢い」と、ソクラテスは人々に伝えようとしました。

 しかし、そういう簡単には答えられないシンプルな質問をされると、人間は腹を立てます。例えば、いたずらっ子に「どうして悪いことをするのは悪いことなの」などと言われたら、世の先生たちはとてもムカムカすることでしょう。腹を立てる度合いは、知識人・賢人と呼ばれている人ほど強くなるようです。プライドが高ければ高いほど、怒りと恨みは強くなるんですね。

 賢者たちの無知を暴き、時の権威を批判したソクラテスは、一部のアテネ市民に強い支持者を持ちました。ですが、多くの若者が彼の真似をして知識人を批判するようになったためか、権威を穢された賢人たちにより、「国家の信じる神とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」という罪状で公開裁判にかけられてしまいました。そして、共和制下の民主的な裁判で、賢人たちに扇動された多数の市民の票により、ソクラテスは死刑の判決を受け、法に従って自ら毒杯を飲んで死にました。

 古代ギリシャは現代と同じく、絶対的な価値などないという相対主義が一般的だったようです。絶対が否定されていた時代に、絶対的な真理や本質を求めながら、なおかつそれは分からないと言い、しかし、それでもそれを探究するべきだと唱えたソクラテスの「無知の知」が、現代に至る哲学の道を切り開きました。

山田太郎