2016年3月26日土曜日

賢者の巻物 ⑤ 「妖怪学」井上円了

お化け」を見たことはありますか。日本の風土は夏に蒸し暑く寝苦しいこともあり、昔からお化けは夏によく出るとされていましたが、現代では、貞子さんもトイレの花子さんも、あまり季節は気にしないようです。

   お化けにもいろいろありますが、日本では大きく妖怪と幽霊に分けられます。妖怪とは様々な場所で起こる不可思議な現象に与えられた名前であり、幽霊は恨みを抱いた死者の怨念のことのようです。どちらも科学的、物理的には実在しないわけですが、にもかかわらず、お化けは実在してしまいます。

   本物のジバニャンやゲゲゲの鬼太郎と握手はできませんが、不可思議現象は前近代に限らず今でも起こります。死んだ人間が物理的に活動するはずはないですが、「恨みを抱いて死んだ人間」はたくさんいるでしょう。「人を呪わば穴二つ」と言います。切腹、特攻、自死による他者攻撃という呪術にすがる衝動は、日本語の精神にはしばしば宿ってしまうようです。怪異や怨念は、人間にとっての現実である意識の世界で、やはり実在してしまうのです。

   東洋大学の創設者、井上円了は、明治を代表する哲学者であり教育者です。しかし、彼の名前は哲学よりも、妖怪研究のパイオニアとして知られています。

   哲学による日本の近代化を目指した円了は、無知蒙昧な迷信から人々を解放するため、古今の妖怪に関する文献を渉猟し、全国各地の怪異譚を取材して、様々な不可思議現象について、物理学・医学・心理学上の知見から合理的に真相を究明していきました。妖怪についての膨大な知識と、探偵さながら怪異を暴くその様より、「不思議博士」「妖怪博士」と呼ばれます。

   『妖怪学』は、彼が妖怪と呼ぶ様々な怪異現象の紹介と、それに対する科学的解釈、迷信批判を展開した論文です。例えば、「こっくりさん」という現象が起こる物理的・生理的・心理的原因を解明します。そして、その起源が決して古いものではなく、明治期に、アメリカ人が伝えたテーブル・ターニングという占いであることが暴かれてしまうのです。

   妖怪を、科学的に未解明な現象である真怪」、自然現象によって実際に発生する仮怪」、誤認や恐怖感などの心理的要因が生む誤怪」、人が人為的に引き起こす偽怪」に分類し、俗信の打破を目指した円了でしたが、妖怪を否認したわけではありません。妖怪とは「心これなり」とし、宗教信仰を奨励して霊魂の不滅を説いてもいます。

   自分が害した死者の悪夢にうなされる者へ、「幽霊なんて非科学的ですよ」と言ったところで意味はありません。そんなことは分かっているんですから。科学的に実在しない実在は、科学の力では消せません。だから怖い。だから人は、鎮魂の儀式を必要とします。死者の魂を鎮めることで、生者の心を鎮めるために。

   妖怪はその後も、柳田國男など民俗学者たちによって、体系的に研究されていくことになります。

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