2016年3月26日土曜日

賢者の巻物 ② 「論理哲学論考」L・ヴィットゲンシュタイン

   哲学には、一つの最終解答が示されています。「語り得ぬことについては、沈黙しなければならない」という解答が。

   様々な事実が言語に写し取られていることで、人間は言葉を使って語ったり(他人に説明したり)、考えたり(自分に説明したり)することができます。そして、説明が成立するには、言語が論理規則という条件を持っていることが不可欠です。例えば、事物をXとYの座標に写し取れば、その場所や形を座標の規則に従って説明できます。同様に、「AはBだ」とか「AはBではない」とか「AならBになる」などの論理規則があることで、複雑な説明も可能になります。言語が論理規則を持っている以上、言語に写し取られた事実も論理規則を持っているということになりそうです。なぜなら、事実の集合である世界は、言語化した事実である命題の集合でもあるため、言語と同様に論理形式・因果関係が観察できるからです。そして、論理の空間が言語でできている以上、言語の限界は世界の限界とも言えます。

   オーストリアの青年ヴィットゲンシュタインは、第一次世界大戦のさなか、志願兵として赴いた戦場の銃弾飛び交う死線上で、論理について考えていました。その当時、ドイツの数学者フレーゲの考案した形式論理学が、イギリスの数学者ラッセルよる修正を経ながら、論理学に革命を引き起こしていました。二人に影響を受けたヴィットゲンシュタインが、戦場で論理についての考察に没頭して完成させたのが、20世紀を代表する哲学書「論理哲学論考」です。

   論理空間内の事実は、真偽の判定が可能な命題に限られ、真偽判定不能な命題は存在が無意味とされます。よって、真偽判定の可能な科学的命題以外の、善や美や神や魂など、実証不可能な命題は全て無意味、沈黙すべき対象となるのです。哲学とは、語り得るものと語り得ぬものを仕分ける活動で、真理を語ることではないのだと、この書は主張し、後の英米系の分析哲学に大きな影響を残します。

   「論理哲学論考」は、論理とは何かを論じてその発展に寄与した、難解な論理学の書ですが、その独特な構成には、どんでん返しがあります。論理についての記述だったはずの文章は、語り進むうちに、論理の外側に秘められた語り得ぬ神と倫理と生の意味を読者に示す、神秘の思想書にもなっているのです。ヴィットゲンシュタインは、この書をもって哲学の終了を宣言しました。しかし、もう一つのどんでん返しがありました。彼は15年後に哲学に復帰、「言語ゲーム」という、自らの論理中心主義を批判する概念を立て、フランスを中心とした後の大陸現代思想にも影響を残すのでした。

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