2016年3月26日土曜日

賢者の巻物 ④ 「プロテスタンティズムの倫理と、 資本主義の精神」マックス・ウェーバー


    欲望は景気を活性化します。資本主義経済は、労働者を搾取する資本家の貪欲な利潤追求と、消費者のこれまた貪欲な消費欲を、システムとして不可欠としています。だから、積極的に欲望が鼓舞され、欲望こそが資本主義の精神的原動力だ、と普通は思われています。

   しかし、グローバル化した現代の国際経済を形成した近代資本主義は、営利追求を徹底的に敵視する、キリスト教プロテスタントの原理主義的な禁欲倫理によって、生まれてきたものでした。

   20世紀初頭、ドイツの社会学者M・ウェーバーは、彼と同じく社会学黎明期にあってこの学問の発展に寄与した先哲マルクスが、その著「資本論」で示した史的唯物論の反証とも言える理論を発表しました。

   ヨーロッパでは16世紀に、長きに渡って人々の精神世界を支配してきたカトリック教会の腐敗、ルター敢然と糾弾、宗教改革が始まります。新教プロテスタントの誕生です。しかしそれは、カトリック教会の支配下では詳しいキリスト教の教義を教えられず、形式的な信仰しか持てなかった一般信徒にも、修道僧のような厳格な信仰生活を求める、より原理主義的な運動でした。信徒に求められたのは、「祈り、働け」、そして「営利を求めるな」という生活です。この生活態度がより厳格に求められたのが、スイスのプロテスタント指導者カルヴァンに教化されたカルヴァン派の信徒です。誰が神に救済されるかは既に決定しているという「予定説」を採るカルヴァン派では、自分が救済されることを、神の意に沿う生活をしているか否かで確信しようとします。神に定められた者は、己の天職に没頭しているはず、ということです。ここに、労働を宗教的行為とする文化が形成されます。しかも、営利追求は禁じられていたため、利益がひたすら蓄積されたのでした。

   産業革命は蒸気機関などの技術革新が発生条件として不可欠でしたが、その技術を使用するには蓄積された多額の資本と、自己犠牲的ともいえる職業倫理を持った労働者が不可欠でした。こうして、プロテスタントの職業倫理から、資本の拡大に義務感を持つ資本主義の精神が生まれたのです。しかし、その精神が外部的社会機構として定着すると、内面的な宗教倫理とは無縁の、商業主義・拝金主義がシステム化された近代資本主義に転換していきます。

   唯物論者のマルクスは、人間社会では、物質的・経済的条件である下部構造が、政治・宗教・文化といった精神的条件である上部構造を形成すると主張しました。しかし、ウェーバーはそれとは全く逆に、宗教や文化が物質的・経済的現象を現出することが、人間社会の歴史にはあることを証明したのでした。

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