2015年4月6日月曜日

哲人の記 1 ソクラテス

 「・・・を罰するのは正義だ」、「・・・のあることは幸福だ」、「・・・は美しい」と、有名な政治家や学者や芸術家のみなさんがそう唱えます。その説には説得力があるように感じられます。でも、その彼らに、「では、正義とは何ですか」、「幸福とは何ですか」、「美とは何ですか」、と尋ねてみると、簡単には答えられなかったりします。「…は正義」と言っているのだから、「正義」が何か分かっているはずなのに、答えに窮していたりします。立派な説を唱えていても、当たり前に使っている言葉の意味を答えるのはとても難しいようです。実は、それらの言葉の意味を、有名な知識人や賢人のみなさんも、知らなかったりするわけです。
 今から2400年ほど前、古代ギリシャのアテネで、当時の賢人たちにこのような質問をして回ったのが、西洋哲学の祖であるソクラテスでした。彼の目的は、世間でよく使われている道徳的な言葉、「勇気」とか「友情」とか「愛」などの意味を、有名な賢人たちさえ答えられないことを人々の前で論証し、人々に自分の無知を自覚させることにありました。

 この問答法と呼ばれる方法で、「知らないのに知っていると思っている人間より、知らないことを自覚して知ろうとする人間の方が賢い」と、ソクラテスは人々に伝えようとしました。

 しかし、そういう簡単には答えられないシンプルな質問をされると、人間は腹を立てます。例えば、いたずらっ子に「どうして悪いことをするのは悪いことなの」などと言われたら、世の先生たちはとてもムカムカすることでしょう。腹を立てる度合いは、知識人・賢人と呼ばれている人ほど強くなるようです。プライドが高ければ高いほど、怒りと恨みは強くなるんですね。

 賢者たちの無知を暴き、時の権威を批判したソクラテスは、一部のアテネ市民に強い支持者を持ちました。ですが、多くの若者が彼の真似をして知識人を批判するようになったためか、権威を穢された賢人たちにより、「国家の信じる神とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」という罪状で公開裁判にかけられてしまいました。そして、共和制下の民主的な裁判で、賢人たちに扇動された多数の市民の票により、ソクラテスは死刑の判決を受け、法に従って自ら毒杯を飲んで死にました。

 古代ギリシャは現代と同じく、絶対的な価値などないという相対主義が一般的だったようです。絶対が否定されていた時代に、絶対的な真理や本質を求めながら、なおかつそれは分からないと言い、しかし、それでもそれを探究するべきだと唱えたソクラテスの「無知の知」が、現代に至る哲学の道を切り開きました。

山田太郎