この世界の様々な事がらについて僕たちになされている一般的な説明は、本当に正しいのでしょうか。世間的通説は往々にして覆されますし、歴史上の事件から健康科学まで、学術的な定説とされていたものが覆されることも少なくありません。何が真実?何が真理?分からない時は、疑えそうなことは全て疑ってみるという方法があります。方法的懐疑です。
「我思う、故に我あり」とは、あらゆる知識や感覚から、世界と自己の存在、そして神にいたるまで、疑うことのできる全ての事物を疑った16世紀の哲学者デカルトの言葉です。全てを疑ってみた彼は、最後に、疑っていること自体は疑いえない事実であると考えます。なぜなら、疑うことがなければ、逆にどんなインチキくさいことでも全ては疑いえない真実になってしまうからです。疑う、即ち考えるという精神活動自体は疑いえない以上、それを行っている「私」は間違いなく存在するということになります。この明晰判明な事実が、彼の哲学の第一原理となりました。
ヨーロッパ文明は、ギリシャ哲学とキリスト教を軸にして生まれてきました。ギリシャ哲学の代表プラトンの思想は、4世紀のキリスト教思想家アウグスティヌスによって、ローマ帝国内に広がったキリスト教信仰に取り入れられ、その神学の土台とされたのです。イデアという設計図を基に世界を創造した造物主たる神の摂理と一致するのは、イデアを認識して真理か否かの判断を下せる人間理性だけある、というプラトンのイデア論は、唯一神信仰たるキリスト教の神学に適していたため、この世界観が中世ヨーッロッパ世界の社会と文化を形成することになります。
ヨーロッパにはやがて、ギリシャ・ローマの文明を直接継承・発展させたイスラム教世界の諸学ももたらされ、プラトンの弟子アリストテレスの哲学も伝わり、カトリック教会の秩序の下で、観念論的なプラトン主義と経験論的なアリストテレス主義を統合しようとしたトマス・アクィナスなどの働きによって、スコラ学という体系的学問が形成されました。しかし、このスコラ学には、聖書の記述に反する学説は決して認めることができないという宿命がありました。デカルトと同時代に、スコラ学の説く天動説に反し、コペルニクスの地動説を支持したジョルダーノ・ブルーノは異端審問で火刑となり、ガリレオ・ガリレイは終身刑となりました。
ガリレイ同様、最も純粋な論理的思考である数学によって記述された事象のみが明晰判明な事実、科学的事実だと考えたデカルトは、聖書に矛盾しない体系に固執するスコラ学と決別し、新たな哲学体系の構築を目指します。そのために、方法的懐疑に続けて行ったのが神の存在証明でした。彼は、明晰判明な「考える私」の存在を見出した理性がある以上、それを成り立たせ、それと合致する摂理の源たる神も存在するとし、己の哲学の根本にも神を置くことで、聖書を解釈できる唯一の権威として君臨するカトリック教会とスコラ学に対抗しました。
数学による全自然界の記述を夢見て彼が構築した機械論的世界観。この世界観に基づく近代科学革命は、彼の死後、まさに数学によって世界を描写したニュートン力学の登場によって実現されます。
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